ツールの見積書を前にして、月額三千円が高いのか安いのかを即答できなかったことがあります。機能の一覧を眺めても答えは出ませんでした。理由は単純で、比べる相手が決まっていなかったからです。他社の導入事例と比べると「うちとは規模が違う」で終わり、無料のものと比べると「無料で足りるのでは」で終わる。どちらも判断になりません。
そこで当社は、比べる相手を一つに固定しました。先月の自分たちの手作業です。この記事では、経営者の立場から、AIツールの月額を「何時間ぶんか」に置き直して判断する手順を、文章チェック・資料の下書き・経理入力という三つの作業で分解します。ツールの優劣を決める記事ではなく、支払う前に自分で計算するための物差しの話です。
結論:月額は「何時間ぶん」に直すと、その場で判断できる
先に結論だけ書きます。月額を自社の時間単価で割って、何時間ぶんかを出す。その作業に先月かけた時間が、それを上回っていれば検討に値する。これだけです。
たとえば時間単価を三千円とすると、月額三千円のツールは一時間ぶんです。先月その作業に三時間かけていたなら、三分の一に減らせれば元が取れる計算になります。逆に先月三十分しか使っていない作業なら、どれだけ性能が良くても今月の投資先ではありません。高いか安いかではなく、自社の時間と釣り合うかどうかで決める。この一行に落とすと、稟議の場でも会話が止まらなくなります。
この考え方は、費用を月額と依頼料に分けて比べた副業の確定申告は年いくらから?と同じ骨格です。対象が税務からAIに変わっただけで、やることは「払う金額を、自分の時間に翻訳する」ことに尽きます。
先に出す数字は三つだけ
計算に必要なものは多くありません。三つだけ、しかも粗くて構いません。精度を上げようとして着手が遅れるほうが損です。
①先月その作業に何時間かけたか
記憶ではなく、残っているもので数えます。送信済みメール、共有フォルダの更新履歴、会議の予定表。だいたいで構いませんが、「たぶん多い」ではなく数字にすることが肝心です。当社では、体感で最も重いと言われていた作業が、数えてみると月に二時間ほどしかなかったことがありました。重く感じる作業と、時間を食っている作業は別物です。
②その作業をしている人の時間単価
給与だけで計算しないでください。社会保険料の会社負担や、席や機材にかかる費用まで含めた一人あたりの月額を、その月の稼働時間で割ります。実務では給与の一・三倍から一・五倍を目安に置くと、あとで大きく外しません。経営者自身の作業なら、その時間で本来できたはずの仕事の値段を置きます。
③入れても残る時間
ここを忘れると必ず見積もりが甘くなります。AIに渡しても、指示を書く時間と、返ってきたものを確かめる時間は残ります。ゼロにはならない前提で、残る割合を三割ほど見ておく。当社はここを見落として、最初の月の計算が実態と合いませんでした。
この三つが出たら、あとは引き算です。①から③を引いた時間に②を掛けた金額が、月額を上回っているか。上回っていれば試す価値があり、下回っていれば今月は見送る。判断はそれだけで済みます。
三つの作業を、同じ物差しで分解する
当社で実際に並べた三つを、同じ順番で見ていきます。金額や仕様は改定されることがあるため、最新は各社の公式でご確認ください。
文章チェック:頻度が高く、単価の高い人がやっている
案内文、提案書、社外向けの告知。書く時間より、読み返して直す時間のほうが積み上がります。しかもこの作業は、たいてい役職のある人が最後にやっています。つまり①の時間はそこそこで、②の時間単価が高い。金額に直したときに一番大きくなりやすいのがここでした。
当社は下書きを校正ツールに通して、誤字と回りくどい表現をまとめて整える形に変えました。人が読む工程は残していますが、見るところが「誤字」から「言っていることが正しいか」に移ったのが一番の変化です。
なお、出す前の確認そのものを省いてよいという話ではありません。社名や数字を含む文章をどこまで機械に任せるかは、AIに書かせた文章で信用を落とさないための三つのルールに整理したとおり、先に線を引いておく必要があります。
資料の下書き:時間は減るが、減り方が読みにくい
提案資料や社内説明の下書きは、AIを入れた効果が最も語られる領域です。ただし当社の実感では、削れる時間は作業者の慣れで大きく変わります。骨子を先に固める進め方に慣れている人ほど効果が出て、いきなり本文から書く人はあまり変わりませんでした。
ですからこの作業は、ツールを増やす前に手順を揃えるほうが先です。具体的な進め方はAIで議事録・資料作成を時短する具体ワークフローにまとめてあります。手順が同じなら、あとは比較がしやすくなります。
経理入力:単価は低いが、量と締切がある
仕訳の入力や明細の突き合わせは、一件あたりの時間は短いものの、件数が多く、締切が動かせないのが特徴です。①の時間は大きく、②の単価は三つの中では低め。それでも金額が大きくなるのは、単純に量が効くからです。
ここは専用のAIツールを足すより、すでに使っている会計ソフトの自動連携と自動仕訳をきちんと使い切るほうが早いことがほとんどでした。請求から入金までをつなぐ具体的な設計は請求書を出してから入金までを一本につなぐに書いています。
当社でやってみて、変わらなかったこと
三つを同じ物差しで並べて分かったのは、順番が思っていたのと逆だったことです。声の大きかった資料づくりではなく、誰も文句を言っていなかった文章チェックのほうが、金額にすると大きい。理由は②の時間単価で、最後に読み返しているのが役職者だったからです。
そして、正直に書いておきたいのは変わらなかった項目です。数字の最終確認にかかる時間は、今もほとんど減っていません。金額と宛名が合っているかを見る作業は、間違えたときの損害が大きすぎて機械に預けられないからです。ここを「減りました」と書けば話は綺麗になりますが、全部が良くなったという報告は、たいてい測っていないだけだと考えています。
数えるときの注意
比較のために社員の作業時間を集めるときは、評価と結びつけないと先に伝えてください。評価に使われると思われた瞬間、出てくる数字が実態から離れます。当社は「今月の投資先を決めるためだけに使う」と最初に言い切りました。
この物差しが効かない三つの場面
時間で割る方法は万能ではありません。時間が減ることが価値に直結しない作業では、この計算はむしろ判断を誤らせます。
次の三つに当てはまる作業は、この計算から外してください。
- 品質が上がることに意味がある作業:時間は減らなくても、通る確率が上がるなら価値があります
- 頻度が低い作業:年に数回のものは、月額で持つより都度お願いするほうが安く済みます
- 判断そのものが目的の作業:決めることが仕事の部分は、速くしても意味がありません
どの作業から手をつけるかを一覧で見たい場合は、経営者のためのAI業務効率化で領域ごとに整理しています。本記事はその手前にある「払う前にどう判断するか」だけを扱っています。
今月は、一枠だけ決める
やることは三つです。先月いちばん時間を使った作業を一つ選ぶ。その時間と時間単価を粗く出す。月額を時間に直して比べる。合わなければ買わない、それだけで判断は終わります。
そして翌月、同じ作業をもう一度数えてください。比べる相手は今月も先月の自分です。外の事例と比べているうちは「うちは規模が違う」で止まりますが、自分の先月と比べると逃げ場がありません。あなたの会社で、先月いちばん時間を使った作業は何でしたか。そこが今月の一枠です。


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